漢方における人参とは、ウコギ科の多年草である「オタネニンジン(御種人参)」の事を指します。原産地は中国の遼東から朝鮮半島にかけての地域と言われており、中国東北部やロシア沿海州にかけても自生しています。
薬用または食用に用いられ、「チョウセンニンジン(朝鮮人参)」「コウライニンジン(高麗人参)」また単純に人参と呼ばれたりします。中国東北部では「棒槌」(「木槌」「洗濯棒」という意味)とも呼ばれているようです。
人参という名前の由来は、枝分かれした根が、人の姿の様に見える事からきていると言われています。また、他に漢方で薬用として用いられる人参には、「西洋人参」「田七人参(でんしちにんじん)」「シベリア人参」があり、御種人参(高麗人参)と合わせ、四大人参と言われています。
オタネニンジン(御種人参)という名前に関しては、徳川の将軍が関わっています。元々は「人参」と呼ばれ、中国、朝鮮半島、および日本では古くからよく知られた薬草でした。
この人参を、八代将軍徳川吉宗が大名に「御種(種)」を与えた事に由来します。これ以前は朝鮮半島からの輸入に依存していました。つまり徳川吉宗は、日本での人参栽培を広めた先駆者だったのです。
生薬としては、根を乾燥したものを用います。この人参は、通常1年間の苗作りの後、5年間栽培して収穫されます。
草丈約60cm程で、葉は長い柄を持っており、4~5月頃に淡黄緑色の小さな花が咲きます。果実は7月下旬頃に熟し、鮮やかな紅色になります。
生の状態のものを「水参」といいます。また、細根や皮を除いて乾燥させた根の事を「白参」、蒸して乾燥させた根を「紅参」といい、加工法によって大別されます。
ちなみに、野菜のニンジンはセリ科であり、本種の近類種ではなく全く別の種類の植物です。
「人参」とは本来、オタネニンジンの事を指す言葉でしたが、江戸時代以降にセリ科の根菜「胡蘿蔔(こらふ、現在のニンジン)」が舶来の野菜として知られるようになると、本種と同様に肥大化した根の部分を用いることから、これを類似視して、「せりにんじん」などと呼びました。
時代が経つにつれて「せりにんじん」は、基本野菜として広く使われるようになり、名前も単に「にんじん」と呼ばれることが多くなりました。
一方でオタネニンジンは、医学の西洋化によって次第に使われなくなっていったことから、いつしか「人参」と言えば「せりにんじん」のことを指すのが一般的になりました。その後、区別の必要から、オタネニンジンは「朝鮮人参」と呼ばれるようになりました。
戦後になると、日本の人参取扱業者は輸入元の韓国に配慮して、「朝鮮」という言葉避けて「薬用人参」呼んできました。しかし、後に「薬用」のという言葉が、薬事法に抵触するという行政指導を受け、名前を「高麗人蔘」へ切り替えました。
これによって現在、食用のセリ科の根菜を「ニンジン」、漢方に使用されるウコギ科の根菜を「高麗人参」と呼ぶようになりました。
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栽培
人参は砂質で東北向きの緩やかな傾斜地で肥料を与えずに栽培されます。栽培に関しては、直射日光(高温)がダメ、風には倒れる、雨に当たると葉が腐る(湿気不可)、土壌は水はけがよく細菌の少ない土(病気に弱い)、虫に弱いと非常に難しく、また一度人参を植えた土地には数年間作物が植えられなくなります。
なので、収穫できるようになるまでは害虫の駆除や土の状態などを常に確認し、その都度、調整を加えて栽培を続けなければなりません。
この様に、栽培は非常に困難なため、歴史上で初めて栽培に成功したのは、18世紀はじめの李氏朝鮮(1392年~1910年にかけて朝鮮半島に存在した国家)でした。
栽培方法はとしては、まず土作りから始まります。化学肥料などは人参の成長を阻害する原因になるため、有機物を使って土作りを始め、この土作りの時点で1年ほどかかります。
種をまいて4年程経つとようやく開花し実を付け始め、時期としては7月か8月上旬の暖かい時期に赤色の実がなります。
収穫時期は、実がなった4年目から6年目の間になります。収穫し終えると、連作によって次の収穫物が生育不良にならない様に、少なくとも数年間は土を寝かせなければなりません。
つまり、一度使った土壌は数年間は使えない事になります。
栽培している国はたくさんありますが、生成量が多いという事や栽培に適した気候、土壌が整っていて高品質な人参が作れる為、主に中国や韓国産が有名です。
漢方薬やサプリメント、栄養ドリンクなどで使用される物のほとんどが韓国や中国で栽培されたものです。特に漢方薬では、韓国産の物が使われるのが一般的です。
日本でも江戸時代から栽培されており、現在福島県会津地方、長野県東信地方、島根県松江市大根島(旧八束町)の由志園などが産地として知られます。
栽培された物より野生の天然物の方が効果は高いですが、野生の人参の採取は非常に困難なため現地でも高値で取引されています。
歴史
人参は「中国」「韓国」「朝鮮」などで4千年以上前から病気の治療や滋養強壮作用を期待して食用や薬用に用いられてきました。
当時から健康に優れた植物と知られており、韓国では王侯貴族に、中国でも皇帝の滋養食として珍重されていました。人参は非常に育つ環境を選ぶ植物なので、自生しているのは人が分け入ることが出来ないような場所でした。そのため、大変希少価値が高く、一般市民は口にする事ができなかったと言われています。
日本に伝わったのは、中国から天皇への献上物として奈良時代に伝わったという説と、739年に朝鮮半島から伝わったという説があります。
伝わった当初は、中国や朝鮮と同様、位の高い人たちの間でだけ食されていました、江戸時代になり幕府が輸入を開始した頃から、庶民の間にも広まっていきました。
人参にまつわる有名なエピソードでは、江戸時代に、徳川家康が高麗人参を肌身離さず持ち歩いており愛用していた、というものがあります。
また家康は、栽培にも乗り出しましたが失敗、後に八代将軍徳川吉宗が成功させます。吉宗は、対馬藩に命じて朝鮮半島で種と苗を入手させ、試植と栽培・結実を成功させました。
その後、各地の大名に「御種(人参の種)」を分け与えて栽培を奨励しました。また、当時の人参は大変高価なもので、庶民などが一生かかって稼ぐお金を出さないと買えなかったという話もあります。
現代でも、人参は用いられ続けており、その効果を発揮しています。WHO(世界保健機構)にも漢方は認められており、最先端の臨床医学においても認められている為、ほとんどの病院で漢方を取り扱っています。
成分
主成分としてはジンセノサイドと呼ばれる、数多くのサポニン群を含んでいます。
新鮮な根や白参には、水溶性の高いサポニンが含まれており、紅参には、部分的に加水分解されたサポニンのほか、アセチレン化合物のパナキシトリオールが検出されています。
サポニンとは、サポゲニンと糖から構成される配糖体の総称で様々な植物に含まれており、また一部の棘皮動物(ヒトデ、ナマコ)の体内にも含まれています。
様々な酵素や成分を含み、界面活性作用があるため細胞膜を破壊する性質があり、血液に入った場合には赤血球を破壊(溶血作用)したりします。
また、水に溶かすと水生動物のエラの表面を傷つけたりすることから魚毒性を発揮するものもあります。
この様に毒性がありますが、医学的用途、主に漢方の生薬として、抗酸化作用や抗菌作用、血行促進、血糖値をコントロールする働き、抗炎症作用や抗アレルギー作用、コレステロールの吸収を阻害など様々な効果があります。また、ガンの治療における効果があるとの報告も多数あるようです。
サポニンが含まれる食物としては主に、大豆、サトイモ、オリーブ、ブドウなどがありますが、他にも様々な植物に含まれています。
人参には他に、炭水化物(単糖類、二糖類、三糖類、多糖類など)、ビタミンB群、アミノ酸、ミネラルなどが含まれます。
人参には様々な効果や効能、病気などの予防や改善効果があると言われています。
中国においては、「人参七効」といい、人参の薬効の素晴らしさと幅広さを「人参七効説」としてまとめています。
人参七効
- 補気救脱(ほききゅうだつ/体力関係)
- 養心安神(ようしんあんしん/精神関係)
- 生津止渇(せいしんしかつ/水分関係)
- 託毒合瘡(たくどくがっそう/解毒関係)
- 健脾止瀉(けんびししゃ/消化器関係)
- 補肺定喘(ほはいじょうぜん/呼吸器関係)
- 益血復脈(えっけつふくみゃく/血液関係)
気力、体力を充実して病気の予防、また病気の治癒を行う
疲労の回復により自然治癒力の向上力
自律神経の安定によるストレスの解消を行う
精神の不安による身体への悪影響の解消
身体をみずみずしくし、渇きを止めたり乾燥肌の改善を行う
代謝の改善や糖尿病の予防・改善
身体に入った毒を取り除き、免疫力や治癒力の向上を行う
皮膚機能の正常化により、皮膚病や肌荒れの改善
胃腸を丈夫にして、下痢の改善や便秘の改善を行う
胃腸虚弱を解消による食欲不振、消化機能の改善
肺の働きを良くし、喘息や咳、結核のを改善
胃や脾臓のサポートによる精気の充実
血液を増し、血液の流れを良くする事による代謝の改善
循環器系の疾患を改善し、冷え症や貧血、低血圧、冷房病などの解消を行う
副作用
人参に限らず、漢方やそれに含まれる生薬は一つの症状に特化して改善する、というより、血流を改善したり血行促進をしたりといった体内の巡りや健康を促進して治すというものです。
身体全体に対する効果なので、局所的に効果の強い薬の様な重い副作用はないと言われています。しかし漢方薬だからといって、大量に摂取しても副作用は起きないわけではありません。
過剰摂取の悪影響は人参や漢方に限らずほぼ全ての食品にあります。
人参の具体的な副作用の症状には、
- 代謝向上や体温上昇などによる不眠
- 血行促進などによる動悸(どうき)
- 血管拡張などによる頭痛
- 血行促進や体温上昇などによる発熱
- 血圧上昇などによる「めまい」や「のぼせ」
などがあります。
しかしこれらの副作用は、効果の現れによる症状改善の初期段階である可能性があります。また、体質や体調などによっても、これらの症状が現れる可能性があります。
例えば、上の発熱の場合。元々体温の高い人が人参を摂取した場合、血行促進などの作用により、不快感を感じるレベル、さらには熱が出たと判断するレベルまで上昇する可能性があります。
しかしこれは冷え性の人にしてみれば、血行が良くなり、体温が上がる事は症状が改善される事につながります。
この様に、体温が上がること一つとっても、それが良い事なのか悪い事なのかは、体質などによって人それぞれです。ですので、人参に限らず食物や漢方などを薬用として摂取する場合、服用を開始する前や服用後に何らかの異常が出た場合はなるべく医師に相談するようにしましょう。
まとめ
人参は、漢方薬の代表といっても過言ではない程の有名な野菜です。栽培が非常に困難であるにも関わらず、4000年以上の長い歴史があり、古くから健康に貢献し、重宝されてきました。
有用性が低ければ、これ程の長い年月の間、使われてくる事は無かったでしょう。逆に言えば、この長い歴史が有用であることの証明だといえます。
このように有用な人参、またその人参を配合した漢方。使い方には気をつけなければならない部分はありますが、自分の身体と相談して有用に使っていきましょう。